随分と更新しない間に、新型コロナウイルスで大変なことになってしまいました。
プリンセスダイアモンド号のニュースをこちらでも毎日のように見ていて、日本は大変なことになっているな…と思っていたのですが、あっという間にイタリアも感染が広がってしまいました。
私たちは、南イタリアのプーリアという州に住んでいます。
数日前までは、ミラノやヴェネチア、フィレンツェのある地域がレッドゾーンと言われる危険地域となっていましたが、私たちのいる州を含めた地域はそこまで普段と変わりなく、家族みんなでミラノ近郊に住んでいる義妹のことを心配していました。
既に数週間前から、北イタリアではスーパーの棚が空になり始めていたとは聞いていましたが、ほぼ普段と変わりのない状態でした。
*以下、追記も含めて時系列にしました。
1月
タイに旅行に行くという親戚が2月まるまる1月行く予定の旅行をキャンセルするか迷っていました。この時はまだ中国の出来事という感じだったので、「マスクをして消毒ジェルを持っていけば大丈夫でしょ!」と私も旦那さんも、旅行会社の人もみんながそう言っていました。
1月後半
ローマで中国人観光客のコロナ発症が確認される。
旅行に行く伯父と伯母がローマ空港発のツアーなので、息子夫婦の住む家へ出発。
乗り換えがない高速バスで行こうとしていたけれど、満席で数日延期してようやく向かいました。
2月頭
数日後、ローマにいる間に状況がだんだん悪化し、伯父夫婦は10月に旅行を延期。
1月
タイに旅行に行くという親戚が2月まるまる1月行く予定の旅行をキャンセルするか迷っていました。この時はまだ中国の出来事という感じだったので、「マスクをして消毒ジェルを持っていけば大丈夫でしょ!」と私も旦那さんも、旅行会社の人もみんながそう言っていました。
1月後半
ローマで中国人観光客のコロナ発症が確認される。
旅行に行く伯父と伯母がローマ空港発のツアーなので、息子夫婦の住む家へ出発。
乗り換えがない高速バスで行こうとしていたけれど、満席で数日延期してようやく向かいました。
2月頭
数日後、ローマにいる間に状況がだんだん悪化し、伯父夫婦は10月に旅行を延期。
2月27日(木)
この日、プーリア州で初めての感染者が出てからは、普段はほとんど買う人のいないマスクが売り切れていたり、消毒ジェルを店頭で姿を見なくなりました。
私たちは、その前の2月半ばに持ち運び用の小さいものを念の為にと3つほど購入していましたが、その時にはまだまだ店頭にたくさん売っていましたし、他に購入している人も見かけませんでした。
マスクに関して言えば、ヨーロッパでは普段から使う習慣がないので、薬局の人曰く、この数日で、普段なら約10年かけて売る量のマスクを売り切ったそうです。
私はこの日、義母と一緒に昨年末に受けた術後の経過観察で、電車に乗って1時間ほどの隣県にある病院へ。
この病院のある県内で初めての感染者が出たということで、県内は全て休校。
感染者は、病院から離れた町にレッドゾーンから戻ってきた人だったそうですが、県単位で学校の閉鎖を決めるらしく、接触した生徒のいる学校を消毒するため、県内は全校閉鎖になったそうです。
ただ、もともと小さな町なので何度か以前に訪れた時と比べても、特に変わった様子はありませんでした。
この病院のある県内で初めての感染者が出たということで、県内は全て休校。
感染者は、病院から離れた町にレッドゾーンから戻ってきた人だったそうですが、県単位で学校の閉鎖を決めるらしく、接触した生徒のいる学校を消毒するため、県内は全校閉鎖になったそうです。
ただ、もともと小さな町なので何度か以前に訪れた時と比べても、特に変わった様子はありませんでした。
2月28日(金)
情報を把握していなかった私たちは、前日の病院での診察を受けて、ホームドクターに書類を貰う必要があって診療所を訪れました。
普段なら混み合っている診療所がガラガラだと思いきや、この日から緊急を除いた直接の訪問は禁止になったとのことでした。
この日から、体調が悪い場合は、電話で連絡。
持病の処方箋が必要な場合は、メールで送付もしくはホームドクターから薬局へ直接連絡。になったそうです。
3月5日(木)
全国の教育機関を閉鎖されることになり、旦那さんも自宅待機になりました。
2月21日からレッドゾーン以外のエリアでも修学旅行や、企業訪問などは禁止されていましたが、3月15日までの学校閉鎖の対応もイタリア全土へと変更されました。
3月7日(土)
ミラノ近郊に住む義妹から「できるだけ早く、外に出なくても暫くは大丈夫なように買い出しをして!そっちもすぐに緊急事態になると思う。」と言われ、普段からパスタやお米などの蓄えはあるものの、追加でトイレットペーパーやパスタ、小麦粉、砂糖、油、缶詰や乾燥した状態の豆、トマトソースなどを買い足し、近所に住む義両親のところにも届けました。
同日のその直後、ミラノのあるロンバルディア州の閉鎖が決まり、そこから南に向かって数千人単位で人が移動してきました。
プーリア州だけでも、ホームドクターへの任意の報告をしている人たちだけで2千人が入ってきたことが確認されているので、実際の数はもっと多いと思います。
3月8日(日)
感染経路はまだ不明ですが、私たちは人口約1万人強の小さな町に住んでいますが、最初の感染者が確認されました。
年配の男性とのことでしたが、最近あった大きなお葬式にも参列していたとのことで、不安が広がります。
年配の男性とのことでしたが、最近あった大きなお葬式にも参列していたとのことで、不安が広がります。
3月9日(月)
こうして、プーリアだけでなくイタリア全土にレッドゾーンのロンバルディアから移動してきた人たちが広がったことで、夜にコンテ首相が会見で3月10日からのイタリア全土の移動制限をかけることに繋がったのだと思います。
実は朝1番で病院の検査の予約を入れていたのですが、病院の立ち入りが厳しいということ、またレッドゾーンからの移動者による感染のリスクから見送りになりました。
実は朝1番で病院の検査の予約を入れていたのですが、病院の立ち入りが厳しいということ、またレッドゾーンからの移動者による感染のリスクから見送りになりました。
3月10日(火)
現在、この制限が施行されたことで、4月3日までイタリア国内にいる人達はできる限り家にいること。特別な理由や緊急性が無い限りは外出が禁止されている状態で、外出が必要な際には書類を作成して携帯する必要があり、警察がパトロールをしていて、この新しい法律を破ると、罰金や禁錮になる可能性があります。
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私たち夫婦は、イタリア全土への出されたこの法令が、人々の任意で様子を見た結果を踏まえた、首相の勇気ある決断だと見ています。
実際に身近なところで、死者が出たりしない限り危機感は薄いからです。
そして、それが起こってしまえばパニックが起こります。
実際に、私たちも3月6日の時点で、感染危険区域ではないとはいえ、友人の家の集まりに参加していましたし、小さな子供がいたのですが、大人同士は接触を避けていたものの、状況を理解できない年齢の子供との接触を避けることは難しかったです。
他の国の対応と比べると過激に見えるかもしれませんが、大胆ですが適切な判断なのではないか、と私は思います。
今、ほとんどのイタリア人が、それを理解し、尊重した行動をしていますが、現実問題として、よく理解できていない人達がいることも事実です。
残念ながら、旦那さんの友人にも1人、「散歩に行こう~」、「バーにコーヒーを飲みに行こう~」と言い続けている人がいて、他の友人全員がブチ切れてお説教をしていますし、私たちの住むマンションのベランダからも「どうしたらいいの??」「え?外に出ちゃダメなの?」と言っているご近所さん同士の会話が聞こえてきたりして…
ここ数日は市役所のアナウンスカーが街中を走って、
・外に出ないこと
・どうしてもの理由で外出が必要な場合は、書類を持ち歩くこと
・手洗いをマメにすること、咳エチケットを守ること
・コロナウイルスに関する専用の電話番号があること
・お年寄りなど、自分で買い出し等できない人には電話で頼めるショッピングサービスがあること
などを放送していますが、耳が遠い方たちには聴き取れないこともあると思いますし、なかなか情報共有にもまだまだ課題が多そうです。
私は、イタリア語がまだまだ分からないので旦那さんに教えてもらったり、日本大使館から送られてくるメールで状況を確認していますが、日々状況が変わる中で、なかなか全ての情報をすぐに入手できていません。
感染者・死者も段違いに多い北イタリアでは、状況はもっと深刻だと思います。
ミラノ近郊では病院もかなりいっぱいで、トリアージ(治療の優先順位付け)が必要な状況になっているそうです。
この約3週間を乗り切れるかどうかでイタリア全体がコロナウイルスの危機を乗り越えられるかどうかが決まると思います。
経済的にも、人々の精神的にも大きな負担はありますが、イタリア国内外を含めて、どうか状況が一刻も早く収まりますように。
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